幼稚園児の女の子を養育する里親さんの食卓におうかがいし、子どもを迎え入れてから現在に至るまでのお話をうかがいました。
里親制度についての問い合わせで特に多いのが、「子どもには、自分が生みの親ではないことを伝えなければならないのか?」という、「真実告知」にまつわる質問。すでに子どもを預かっている里親さんたちは、この課題にどう向き合っているのだろうか。
さまざまな里親家庭の食卓にお邪魔し、家族の様子をうかがう連載企画、「家族の食卓」。
今回は幼稚園児の女の子を預かる世田谷区在住の里親、高林孝之さん、加奈子さん夫妻(いずれも仮名)に、子どもを迎え入れてから、真実告知、実母さんとの交流に至るまでのお話をうかがった。
みんなが幸せになれる選択肢
閑静な住宅街から5分ほど歩くと、緑にあふれた一角が見えてくる。やって来たのは、今回取材に協力してくださった高林さん夫妻が一部を借りている、世田谷区の共同農園だ。

高林さん夫妻は3年ほど前から、この場所を借りて何十種類もの野菜を育てている。農薬を使わない、こだわりの家庭菜園。加奈子さんいわく、雑草処理をはじめとした手間暇のかかる作業は孝之さんの仕事だそうだ。
特に夏は蚊が出るから、お父さんに任せっぱなしです(笑)。でもおかげで、この子たちを畑で遊ばせることができるので助かってますよ
「この子」というのは、高林さん夫婦が数年前から養育家庭(里親)として預かっている女の子、愛ちゃん(仮名)のことだ。

高林さん夫妻が里親登録をしたのは約6年前。キッカケは、友人に「(加奈子さんは)里親に向いていると思うよ」と言われたことだったという。
ちょうど2人目が欲しくて始めた不妊治療に疲れていた時期だったんです。もともと、テレビで児童虐待のニュースを目にして、「この子がウチにきていれば、こんな悲しいことにはならなかったのに」と考えたこと自体は何回もあったので、「そうか、コレ(里親制度)ならみんなが幸せになれるんだ!」って思いました
そんな折に、区報誌に掲載された区長のインタビュー記事で、児童相談所が里親を募集していることを知る。どこに相談するか迷っていた加奈子さんは、「児童相談所ならば安心して相談できる」と思い、迷わず電話で問い合わせたという。

そして最初の問い合わせから数年がたち、ついに児童相談所から「子どもと会ってみませんか?」という電話が入る。そうしてやって来たのが、愛ちゃんだ。
しかし、「今か今か」と待ち続けていたにもかかわらず、いざ子どもを迎え入れる段階になると、さまざまな不安が頭をよぎる。

もしやって来る子が、自分の手に負えないような子であったら、これをキッカケに家族の仲が悪くなってしまったら。そして何より、迎え入れる子を傷つける結果になってしまったら――。
もし家族の誰かひとりでも(里親になったことを)後悔してしまったら、責任は言い出しっぺの自分にあると思って、思いつめてしまったんです
この子の性格に助けられてきた
しかしそうした不安も、いま振り返ると「取り越し苦労だった」という。
愛ちゃんを育てているなかで、「あ、コレは前にも経験してるな」と思うことが何回もあったんです。よくよく考えたら、上の子(長女)が生まれる時も不安だらけだったし、思い通りにいかないことが山程あった。里子だから何かが特別、なんてことはないんですよ
また、愛ちゃんの明るく、優しい、シッカリとした性格に助けられたことも多かったと語る。
コロナで外出を自粛しなければいけなくなった時も、理由を説明したらちゃんと理解してくれたんです。このあいだなんて、「将来はお医者さんになって、(目に見えない)コロナウイルスが見えるようになるメガネを発明する」なんて言ってたんですよ。すごくお利口さんなんです!
もともと、乳児院にいた頃からシッカリしていたという愛ちゃん。「あんまりシッカリしてるから、わが家に来たらだらしなくなっちゃうんじゃないかって心配してたんですよ。実際に来てみたら、やっぱりだらしなくなりました(笑)」と笑いながら、加奈子さんが食事の準備をはじめる。
今日のメニューは、畑で取れた野菜を使った、ピーマンの肉詰め。お母さんが用意したタネを、愛ちゃんとお姉ちゃんが、せっせとピーマンに詰めていく。

手が汚れることを気にせずにスピード重視で詰めていく愛ちゃんと、ひとつひとつ丁寧に詰めていくお姉ちゃん。お肉の詰めかたひとつから、姉妹の性格の違いが見て取れるのが面白い。
そうして完成した今日のご飯。肉詰めの他には、サツマイモご飯と、モロヘイヤのスープが並ぶ。いずれも、お父さんが一生懸命育てた野菜を使った料理だ。

カメラマンが料理を撮影していると、愛ちゃんが「ねー、まだ食べちゃだめー?」と、待ちきれなさそうに尋ねてくる。
「ごめんごめん、もう食べていいよ」とカメラマンが謝るやいなや、「いただきます!」とお行儀よくあいさつして、勢いよく食べ始める愛ちゃん。

あまりに美味しそうな食べっぷりに、筆者が「子どもはピーマンが苦手なのかと思っていました」とつぶやくと、孝之さんが「うちの野菜はめちゃくちゃウマいんですよ。生でもポリポリ食べられるんです。よその野菜は食べられなくなりますよ」と誇らしげに答える。
それを聞いて、いつか大人になった愛ちゃんがよその野菜を食べて、「里親さんの家で食べた野菜、美味しかったなぁ」と思い起こす姿が脳裏に浮かぶ。「思い出の味」は料理だけでなく、こんなところにも潜んでいるのだ。
お母さんが2人いてラッキー
たくさん食べてお腹いっぱいになった愛ちゃんが、スタッフに連れられて庭に遊びに行く。お姉ちゃんも塾に出かけ、急に静まり返ったリビングで、お父さんお母さんに引き続きお話を聞いた。内容は、愛ちゃんへの「真実告知」についてだ。

「真実告知」とは里子や養子に対して、育ての親から「あなたを産んでくれた人は別にいること」や、「生みの親は事情があって、いまはあなたとは一緒に暮らせていないこと」などを伝える行為のこと。
自分のルーツや親について知ることは、「子どもの権利条約」(子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約)にも定められた、子どもの権利。仮に育ての親として抵抗があったとしても、いつかは子どもに伝えなければいけない。
児童は、出生の後直ちに登録される。児童は、出生の時から氏名を有する権利及び国籍を取得する権利を有するものとし、また、できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する。
子どもの権利条約 第7条1項
物心がつく前から乳児院で養育されていた愛ちゃん。実母さんの記憶はほとんどない。
愛ちゃんには、小さい頃から「私はお母さんからうまれたの?」と頻繁にきかれていたんです。その度に「ちがうよ」とは答えていてたんですが、それ以上はなかなか話せていませんでした

里子の抱える事情はさまざまだ。愛ちゃんの場合、実母さんは子育てができる状況ではないものの、愛ちゃんのことは大切に、かわいいと思ってくれている人だった。加奈子さんは、いずれ2人を会わせてあげられるなら会わせてあげたいと考えていたという。
そして先日、ついに愛ちゃんが生みの親と交流する機会が訪れた。実現したのは、児童相談所による手厚いサポートのおかげだ。
児童相談所の人が(実母さんとの)交流前、わざわざ愛ちゃん専用の絵本を作ってくれたんですよ。愛ちゃんには育ててくれたお母さんとは別に、産んでくれたお母さんがいて、いまは事情があって別々に暮らしているんだよって説明できる絵本。ちゃんと、お姉ちゃんなんかも登場する絵本になっているんです
交流前には、その絵本の読み聞かせをしながら、「産んでくれたお母さんは、あなたの味方だよ」「私たちも実母さんも、あなたのことを、とっても大切に思ってくれているんだよ」と、丁寧に伝えたと加奈子さん。
結果、交流はうまくいき、今は「あなたが会いたいなら、いつでも(実母さんに)会えるよ」と伝えているという。
交流はとても楽しかったみたいで、まだ完全には理解できていないけれども「お母さんが2人いてラッキー」と思ってくれているみたいです。(交流の)帰り道、自分のシールを「これこんど、うんでくれたお母さんにあげよー!」と言っていたのが印象に残っています
順調に進んだ実母さんとの交流。しかし同時に、今度は別の不安が生じる。
「本当はこんなことを言ってはいけないと思うんですけど」と前置きしたうえで、加奈子さんが「いつか愛ちゃんが『実母のもとに帰りたい』と希望する日が来たら……と想像すると、すごく寂しい」と続ける。
(実母さんと幸せに暮らせるようになるのであれば、それが愛ちゃんにとっては良いことなのだと理解はしているが)とても複雑な気持ちです。だって、もう、愛ちゃんは私たちの家族になっているから
そのように加奈子さんが未来への不安を語っていると、「ただいまー! あのねー、抱っこしてもらっちゃったー!」と、スタッフと庭で遊んでいた愛ちゃんが帰ってきた。明るく元気な声に、深刻だった場の雰囲気が一気に緩む。

スタッフと楽しく遊んだことを報告しながら、お母さんに抱っこをねだる愛ちゃん。「いっぱい遊んでもらえてよかったねー!」と優しく抱き寄せる加奈子さんの腕の中で、「ここがいちばんあったかーい!」と無邪気に笑う。
そんな愛ちゃんを横目に、孝之さんが優しい口調で語る。
でもまぁ、彼女が大きくなって、自分で判断できるようになるまで育てることが、私たちの仕事だと思うんですよ
里親制度があくまで「子どもの福祉」を最優先の目的とした制度である以上、里親はいつか「親」としてはつらい、別れの時を迎えることになるかもしれない。
しかし高林さん夫妻がこうして深い愛情を注ぎ続ける限り、たとえ別れの時がきたとしても、愛ちゃんにとって高林家はいつまでも「あったかーい」場所であり続けるだろう。
「バイバーイ!」と元気に手を振る愛ちゃんに見送られながら、彼女と里親家庭、そして実母さんの全員が幸せになれる未来を願いつつ、高林家を後にする取材班であった。
取材・執筆 / 大沼楽
撮影 / 鈴木秀康
