「私にはムリなのかもと、ずっと不安だった」シングルマザーが里親として子どもと食卓を囲むまで

ひとり親や単身者も里親になれることをご存知ですか? 世田谷区に暮らすひとり親の里親家庭をたずね、その苦労や喜びをうかがいました。

数年待ちました。やっぱムリなのかな、私がシングルマザーだからダメなのかなって、ずっと不安でしたね。だから、この子が来てくれたときは本当に嬉しくて!

当時を思い起こしながらそう語るのは、シングルマザーでありながら養育里親として里子を預かっている松尾頼子さん(仮名・60歳)だ。

さまざまな里親家庭の食卓にお邪魔し、暮らしの様子をうかがう連載企画、「家族の食卓」。連載第1回となる今回は、世田谷区に暮らす頼子さんのご自宅におうかがいし、里子を委託されるまでの不安や、委託後の生活について話をうかがった。

シングルマザーでも里親になれる?

なおちゃーん、取材の人きたからご飯にするよー! 早くいらっしゃーい!

頼子さんが、ハキハキとした大声で隣室に声をかける。「なおちゃん」というのは、頼子さんが里親として預かっている中学生の男の子、直之くん(仮名)のことだ。

「あの子はのんびりしてるから、これくらい大声で呼ばないと来ないんですよ。普段も『ご飯だよ』って呼んでから、1時間後に来たりするんですよ」と笑いながら、頼子さんはテキパキと食事の準備をすすめる。

話しながらテキパキと準備をすすめる頼子さん
話しながらテキパキと準備をすすめる頼子さん

頼子さんが直之くんを家族として迎え入れたのは、10年ほど前。頼子さんが50歳、直之くんが3歳の時のことだ。

もともと子どもが好きで、子育てに生きがいを見出していた頼子さん。2人の実子をシングルマザーとして育て上げ、ある程度育児に余裕が出てきたタイミングで、「もっと子育てがしたい!」と思ったことが里親登録のキッカケだったという。

しかし里親登録から数年間、頼子さんにとってつらい時期が続く。里親登録はしたものの、児童相談所からはいっこうに「子どもを預けます」という連絡が来なかったからだ。

やっぱり、私がシングルマザーだからダメなのかなって思っていました。まだこないのかな、シングルマザーには安心して子どもを預けられないと思われているのかなって、ずっと不安に思ってましたね

「当時は不安な気持ちが大きかった」と語る頼子さん
「当時は不安な気持ちが大きかった」と語る頼子さん

実際には、たとえひとり親や単身者であっても、必要な条件さえ満たしていれば里親として子どもを預かることは可能。頼子さんに何か落ち度があったわけではない。

重要なのは、里親制度は「子どもの福祉」を最優先とした制度だという点だ。子どもの委託先を決める児童相談所は、「この子にとって一番適切な里親さんは誰だろうか?」「里子と里親がより幸せに暮らすためには、今のタイミングで委託することが最適なのだろうか?」と、さまざまな要素を考慮しながら委託先を検討する。それゆえ、委託までに時間がかかってしまうこともあるのだ。

ペットのカメ。名前はまだない
ペットのカメ。名前はまだない

だからこそ頼子さんは、いつ、どんな子どもを迎え入れることになっても大丈夫なよう、フレンドホーム(※夏休みや土日などに、数日間子どもを預かる制度)や施設への学習ボランティアに取り組みながら待ち続けた。

そして1回目の里親登録更新(※里親登録は2年に1度の更新が必要)を経て、ついに頼子さんのもとに「(里子候補の)子どもと会ってみませんか?」という電話がかかってくる。電話がかかってきた当時のことを、頼子さんは次のように語る。

電話が来た時はビックリしましたね。もう、半分あきらめかけていたので。だからもう、やる気はマンマンでした。「たとえどんな子でも、絶対に幸せにしてみせるぞ!」って思いましたね

すぐに「お部屋に帰る」といって泣く子だった

委託当時のことをうかがっていると、当の本人である直之くんがキッチンにやってきた。この家にやってきた時には3歳だった直之くんも、今や中学生。「こんにちは」と、少し気まずそうに挨拶したのち、「ちょっとこれ手伝って!」という頼子さんの声に従いキッチンに立つ。

早口で指示する頼子さんと、どこかのんびりした直之くん
早口で指示する頼子さんと、どこかのんびりした直之くん

今日のメニューは、カレーとナン。先日作った際に、頼子さんいわく「味にうるさい」直之くんが珍しく気に入ってくれた料理だという。

私は料理は好きだけれども、雑な性格なんで、この子が「食べてくださる」食事を作るのには苦労してるんですよ(笑)。昨日の残りなんて食べてくれないから、わざわざ毎食作らなくちゃいけなくて大変です

しかし、「苦労している」と語りながらナンを焼く頼子さんの表情は、どこか楽しそうだ。直之くんのためにできることがあるのが、嬉しくてしょうがないという気持ちが、その表情から伝わってくる。

直之くんが生地を伸ばし、頼子さんが焼く
直之くんが生地を伸ばし、頼子さんが焼く

「料理の他に苦労したことはありますか?」とたずねると、頼子さんは「私よりも、この子の方が苦労したはず」と、直之くんが家にやってきた当時のことを話してくれた。

最初の頃は、何かあるとすぐに「お部屋に帰る」と言って泣いてたんですよ。なんで「お家」じゃなくて「お部屋」なんだろうって思うでしょう? この子はウチに来るまでずっと乳児院(※実家庭で生活することのできない乳幼児が入所する児童福祉施設)の中で生活していたから、「建物」という概念についてよくわかっていなかったんですよ

里親のもとにやってくる子どもの年齢や、抱える背景はさまざまだ。直之くんの場合には乳児院での生活が長かったため、3歳で頼子さんの家にやってくるまでは自動販売機やエレベーターも見たことがなかった。はじめてエレベーターに乗った際には、驚きのあまりに何回も乗り降りを繰り返していたという。

待ちきれずに、頼子さんが用意していたチャーハンを食べる直之くん。食べざかりだ
待ちきれずに、頼子さんが用意していたチャーハンを食べる直之くん。食べざかりだ

「あと、最初は言葉の覚えが悪くて心配しましたけど、声がけをしていくうちに段々と話せるようになったので嬉しかったですね」と語る頼子さん。「今では私と口喧嘩できるくらいには喋りますからね」と、笑いながら続ける。

私も感情的になっちゃうとこがあるから、ダメだとわかりつつも口喧嘩しちゃうことが結構あるんです。それである時にね、「お母さん、家から出ていきなよ!」って言い返されたことがあって(笑)

泣き笑いのような表情で話す頼子さんの様子を尻目に、少し気恥ずかしそうにうつむく直之くん。

この10年間で、直之くんにとっての居場所は、乳児院の「お部屋」から、この「お家」になったということなのだろう。

レシピが増える、世界が広がる

こうして話をうかがっているうちに、ナンが焼き上がる。カレーは2種類。そえられたコーンポタージュは、「給食で食べたのが美味しかった」という直之くんのリクエストを受けて作るようになったものだ。

直之くん曰く「今日のお母さん(の料理)は本気」だそうだ
直之くん曰く「今日のお母さん(の料理)は本気」だそうだ

家族が増えると、レシピが増える。さまざまなところから、世界が広がっていく。

もちろん「人と暮らす」ことには、すれ違いやトラブルがつきものだ。ましてや里子を迎えるともなれば、はじめての人には不安も大きいだろう。しかしそれ以上に、子どものおかげで世界が広がる喜びや楽しさのほうが大きいと頼子さんは語る。

この子が来てくれなければ知らなかった音楽や芸能人が沢山あって、なんだか毎日旅にでているみたいな気持ちなんです。もちろん、「この子にとって、ウチにくることが本当に幸せだったのかな?」と不安に思うこともありますよ。それでもやってこれたのは、とにかく楽しいから。「この子を迎えることができてよかった!」と、声を大にして言いたいですね

また、「いまはお兄ちゃんたち(実子)に手伝ってもらいながら育ててますけど、直之が大きくなったら、次はこの子とも一緒に何かやりたいと思ってるんですよ」と、頼子さんの子育てに対する思いは尽きることがない。

部屋にはキレイな花が飾られていた
部屋にはキレイな花が飾られていた

里子は養子と異なり、戸籍上の親子関係になるわけではない(※養子縁組里親の場合を除く)。直之くんも、いつかは頼子さんのもとを離れて自立の道を歩むことになる。

しかし、いつかこの家を離れたとしても、直之くんにとってこの家は帰るべき「お家」であり続けるだろう。

いつか直之くんが帰ってきた時、味にうるさい彼に、頼子さんはどんな料理を出すのだろうか――。そう想像した時に思い浮かぶ様子は、間違いなくしあわせな「家族の食卓」の姿そのものだった。

取材・執筆 / 大沼楽
撮影 / 鈴木秀康

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